2017年8月30日水曜日

「自発的、人間性の大切さ」 2年 中川諒真




「自発的、人間性の大切さ」
2年 中川 諒真


高校時と大学に入ってから自分自身、多くの変化があった。
高校生の時は、決められた時間に学校に行き、授業を受け学校が終われば部活に行き、監督に指導をしてもらうというある程度決められた事を行っていた。
しかし、大学に入り授業の時間割は自分で決めて出席し、サッカーではメニューはあるが高校の時のように強く指摘してくれたり怒られたりしない、
その中で学生間で高め合い自分で考えてプレーをする。

大学では自発的にやらなければ力はつかない。
筋トレもやるかやらないかは自分次第。
高校時に比べて自分自身で考え見つめ直す時間が増えた。
何が足りなくて、何が強みなのか、今何をするべきなのか。
高校の監督が何故あんなに強く自分に言ってくれていたのか
明治大学に入ってわかった気がする。
私自身の弱さを本当の意味でわからせてくれる。
きつい中でも自分が走ることでチームが助けられたり、
うまくいかない時でも文句ではなく改善策を見つけ改善し、声を出し鼓舞してチームを引っ張る。
明治の選手はそういう選手でなければならない。
こういったことができる選手がピッチに立つ資格を持ち、
周りから絶大な信頼を得る事ができる。

私自身、まだまだ弱い。
もっと走らないといけないし、声を出して引っ張っていかなければならない。
こういった事はサッカーだけでなく人としても大きく成長することができると感じている。

総理大臣杯、後期リーグ戦、インカレをこのチームで優勝する為にも
自分自身に指先を向けて自分の弱さを見つめ直し、改善し成長する。
苦しい時に誰よりも走り声を出し、何よりどんな状況でも点を取れるFWになって
このチームで優勝する!!

2017年8月27日日曜日

「人との出逢い」 3年 袴田裕太郎




『人との出逢い』
3年 袴田裕太郎

こんにちは。
今回部員ブログを担当します法学部3年の袴田裕太郎です。

早速ですが、この21年間の人生を歩んできて『人との出逢い』によって私が今ここに居ることができ成長できていると感じたので、この『人との出逢い』という記事を書かせていただきます。

そもそも『出会い』と『出逢い』の違いってなんだろう。と考えたときに、『出会い』はどうゆう人にも使い『出逢い』は運命の人や大切な人に使うように感じます。

私は6歳からサッカーを続けてきて今に至りますが、それまでに多くの人と『出逢い』、影響を受け、成長する事が出来ました。私は人見知りでなかなか話しかける事が出来ませんでしたが、サッカーを通じて友達も出来るようになりました。

つまり、私がこれまでに『出逢う』ことが出来た人全てが私にとって運命の人だと思っています。
『出逢い』によって、私が影響を受けたように私自身も人に影響を与えられるような人間になりたいと思います。

その中で、明治大学体育会サッカー部に入部することができたのも何かの縁だと思います。この組織で出逢うことの出来たみんなと仲間として、ライバルとしても全員で『一進』というスローガンのもと日本一を目指し日々取り組んでいます。

この運命の『出逢い』を大切に、全員で日本一をとりたい!今はそんな気持ちでいっぱいです。

そして、これからも人との『出逢い』を大切に生きていきます。

まとまりのない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2017年8月24日木曜日

「明治のあるべき姿」 4年 鳥海晃司

明治のあるべき姿
4年 鳥海晃司

僕が1年生の頃、TOPチームでプレー出来たのは数ヶ月。悔しいがTOPチーム定着とはいかなかった。何が僕に足りなくてTOPチームから落ちたのもわかっているつもりだった。
週末のゲームはIリーグに出てた時に、セカンドの選手と同じクオリティのプレーをした神大戦を今でもハッキリと覚えている。自分のプレーとセカンドの選手の差が見えなかったし、TOPチームにいながら試合を変えられるようなプレーが出来なかった。
試合直後の栗田さんのミーティングの時に僕は下を向きながら話を聞いていた。その行動もその場で「そういう所が甘いんだ」と指摘された。今では絶対に考えられないが、その当時は本当に甘かった。
その次の週から僕はセカンドに落ちた。この1日が原因であの時セカンドに落ちたと高学年になるまでずっと思っていた。
 
 栗田さんは覚えているかわからないが、以前にTOPのトレーニングの合間に「もっと学生らしいサッカーをしろ」と言われたことがある。その時は「はい」と返事をしたが、正直その当時の僕からしたら学生らしいサッカーってなんだ…って思った。
親にも「栗田さんに学生らしいサッカーをしろって言われたんだけど、どういうこと?」と相談したのを覚えている。それくらい印象に残っている言葉だ。
僕がJEFユース出身というJ下部の足先でのうまさだけでプレーしているという意味だろうと当時は解釈した。
今考えると、この学生らしいサッカーとか明治のサッカー部のあるべき姿が僕には圧倒的に足りていなかった。
毎日のトレーニングで100%でトレーニングに取り組んでいるのかという所。こなす毎日で僕には足りていなかった。
週末の試合のリーグ戦のメンバーから外れ、Iリーグやトレーニングマッチ、応援、補助学、それぞれの立ち位置でTOPチームがリーグ戦で勝つ為に100%で取り組む姿勢。
自分が試合に出れない事に頭が持っていかれたり、自分のプレーが悪くて頭が持っていかれてしまう選手がチームを変えられる訳がない。
自分がセカンドに落ちた理由はこれだろうと今は思う。

 この3年半で気づいたのは、明治は成長するきっかけが様々な所に沢山落ちていた。スタッフの方々の言葉1つ1つに意味があったり、毎週のミーティングや学年でするミーティング、下級生の頃に学ぶ仕事もそうだ。だから明治は人間形成など人として大きく成長できる。明治大学のサッカー部に所属して良かったと心から思う。
同期の中にはこれから本気でサッカーする事が無くなる仲間もいる。3年生以下はいい結果を残していかなければ進路という面で間違いなく影響してくる。
だからこそ僕のサッカー人生に大きな影響を与えてくれた明治大学サッカー部に恩返しをする為に必ず3冠を達成しなくてはならない。
大臣杯、後期、インカレとチーム全員で闘っていきます!

2017年8月21日月曜日

「マネージャーになるまで」 1年越智 友希帆

「マネージャーになるまで」
1年 越智 友希帆

初めまして。
今回部員ブログを担当させていただきます、経営学部1年マネージャー兼学連の越智友希帆です。


私は、1歳から18歳までずっと音楽をしていました。スポーツとは無縁だった私がなぜ明治大学体育会サッカー部に入ろうと思ったのか。

それは入学してすぐ、2年生の部員に『マネージャーに興味無い?』と誘われたのがきっかけです。そしてお話していくうちに東京都サッカートーナメントの決勝を見に行くことになりました。サッカーの試合を最初から最後まで見たのか初めてで、ゴールが入った時、鳥肌が立つほど感動したのは今でも鮮明に覚えています。


その日の帰りマネージャーの先輩方と帰る中で、仕事の内容ややって良かったことなどいろんな事を教えて頂きました。マネージャーは臨機応変に対応できる事が求められ、今何をすべきなのかを常に考えて行動している先輩方は凄いと思いました。それと同時に、私もこんな風になりたいと思うようになり入部しました。


私は、大学サッカーの学連という組織にも所属することになりました。総務部といって、大学サッカーをよりよくするための大人の会議の運営をしています。


右も左もまだわからない私ですが、私なりに体育会サッカー部に貢献できるようマネージャーの先輩方から多くのことを吸収し、選手から頼れるマネージャーになれるよう成長していきたいです!

まとまりのない文章になってしまいましたが、最後までご拝読いただき有難うございました。
今後も明治大学体育会サッカー部をよろしくお願い致します。


「Sky's The Limit」 1年 堀 莉彩子


「Sky's The Limit」
1年 堀 莉彩子

初めまして!
今回の部員ブログを担当致します、政治経済学部経済学科1年、マネージャーの堀 莉彩子です!

私はサッカーが大好きです。
中高時代、部活動や勉強で忙しい中で、週末はJリーグを見たり、頑張って夜中まで起きて海外サッカーを見る生活を送っていました

少しだけ個人的なことをお話しすると、一番好きなポジションはSBで、鹿島アントラーズの西大伍選手が好きです!あの、SBがオーバーラップを仕掛ける時の高揚感は本当にたまりません


そんな私が、

「サッカー部のマネージャーをやりたい。」

そう思ったきっかけは、中学生の時に全国高校サッカー選手権の決勝、星稜高校vs富山第一高校を見に行った時です。

その時からサッカー部のマネージャーになることが私の夢であり、目標でした。

サッカーの強豪校に入りたいという目標を持ち挑んだ大学受験を終え明治大学に進学が決まったあと、自分には本当にマネージャーができるのかと不安になり、やるかどうか悩みました。
しかし中学生の時からの夢であったので、夢を叶えられるチャンスがすぐ近くにあるのにと思うと諦め切ることが出来ず、マネ日記や部員ブログを見てやはりこの世界に携わりたいという思いが強くなりました。

そして、マネージャーの先輩に選んでいただき、マネージャーになることができました。

最初の私はサッカーが自分の近くにあることに幸せを感じていたものの、自分の無力さを感じて悩みました。
私は中学高校とソフトテニス部に所属していました。そこでは球拾いやボールを置く位置など、多くの守らなければいけないルールがありました。
そんな決められたルールの中でやっていればよかった中高時代とは違い、大学生というのは、自分で判断して行動しなくてはいけません。
特にマネージャーの仕事には、サッカーと同じように正解がなくて、決まりもあるけれど、選手のためにできることを自分で考え、常に先を読み、自分自身でその場その場で対応していかなくてはいなりません。
その環境に最初は戸惑いを感じましたし、出来ない自分がとても悔しかったです。


わたしは器用なタイプではないので、理解するまでに時間が必要で、覚えることにも時間がかかってしまいます。まだまだわからないことだらけで、先輩や同期に頼ってばかりです。質問ばかりの私にたくさんのことを教えてくださる先輩方には感謝の気持ちでいっぱいです。そんな自分に悔しい思いでいっぱいになります。

しかし、私にできることは努力以外にはないので、誰よりも努力をして、サッカー部のマネージャーとしての自分を誇れるよう、早く一人前になれるよう、頑張っていきたいと思います。

私の大学四年間での目標は明治のサッカー部をもっと大きくすることです。

入部したての頃に集中応援のビラ配りをした際、明大生でビラを受け取ってくれる人もサッカー部に興味を持ってくれる人も、自分の想像よりもいませんでした。
明大サッカー部はサッカーを知っている人の中では有名でも、サッカーに興味がない人にとってはサッカー部というだけなんだと痛感し、明治といえば六大学野球!とかラグビー!と思っている人が多いことを知りました。
それを変えたいです!


「Sky's The Limit」

これは私のとても好きな言葉で、空に制限がないように人間に限界はないという意味です。自分にできないことはないと信じて、日々努力することを忘れずに、この四年間で明治大学体育会サッカー部をもっともっと大きくできるように、明大生がサッカーを見に来てくれるように、明治といえばサッカーと言ってもらえるように。
「自分が選手のために何ができるか」ということを常に意識し、探しながら、先輩方にご指導いただき、同期と助け合い、一生懸命に頑張っていきたいと思います!


長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございます!
今後とも、明治大学体育会サッカー部の応援をよろしくお願い致します

「日本一」1年 青木彩耶

「日本一」
1年 青木彩耶

初めまして!今回部員ブログを担当させていただきます、法学部法律学科1年マネージャーの青木彩耶です。

私はサッカーの中でも特に高校年代のサッカーが好きで、1人で大晦日に選手権を見るために新潟から千葉へいってしまうほどです。好きな選手はアルビレックス新潟の小泉慶選手と原輝綺選手、ニースのマリオバロテッリ選手です!

私は母校である新潟明訓高校でサッカー部のマネージャーをしていました。毎週リーグ戦や遠征などで忙しい日々を送る中で、サッカーを通してたくさんの経験や出会いをさせていただきました。
高校時代から「なにが楽しくてマネージャーしてるの?」と聞かれることが度々あります。
中学3年の時、流通経済大学付属柏高校出身、現アルビレックス新潟の小泉慶選手に強い憧れを抱いていました。小泉選手が高校3年生の時、高円宮杯U-18チャンピオンシップで優勝し、彼が見た日本一の景色を私も見てみたい!と思ったのがマネージャーを始めたきっかけです。
私が高校2年の時から明訓はプリンスリーグ北信越に属し、遠征などに帯同させていただきました。インターハイ、プリンスリーグ北信越優勝、2度のプレミアリーグ参入戦、そして第94回全国高校サッカー選手権大会新潟県大会優勝という貴重な経験をさせていただきました。「選手権に出たい」という私の夢の1つが叶ったあの日の、あの瞬間の感動を今でも忘れられません。新潟明訓高校サッカー部での経験と仲間は私の一生の宝物です。
大学に進学し、マネージャーを続けるか悩んだ時期がありました。そんな時、高校時代の写真を見返していると、得点して喜んでいる選手の笑顔の写真がたくさん出てきました。マネージャーは直接試合に関わることはできないけれど、選手と一緒に喜びを分かち合うことができます。そんな時に、マネージャーとしてのやりがいを感じられるのです。だから私は、高いレベルで日々切磋琢磨しているサッカー部で、また高校の時のようにマネージャーとしてチームに貢献して仲間と喜び合いたいと思いました。
入部が決まり、サッカー部の1年生のみんなと初めて顔を合わせた日、私はこの人たちのために何ができるんだろうと考えました。そんなことを考えていると、入部が決まった日の夜、1年の住永が「日本一になれるように共に頑張ろう」とメッセージをくれました。その時に改めて、「私も日本一になりたい。みんなのために自分にできることを全部しよう!」と強く思いました。
「日本一」という言葉は言うだけなら誰でもできます。軽々しくその言葉を口にしてはいけないことも承知しています。それでも私は明治大学サッカー部で日本一を目指したいのです。
明訓の仲間や先輩、友人、北信越や新潟県出身の方々が関東リーグやそれぞれの舞台で活躍しています。私もみんなに負けないように、ここまでマネージャーを続けさせてくれた両親や応援してくださる監督をはじめとした明訓のスタッフのみなさんへの感謝を忘れず、この仲間との出会いに感謝し、共に日本一を目指して選手のサポートに励んでいきます!

最後まで読んでくださりありがとうございました。今後も明治大学体育会サッカー部をよろしくお願い致します。

2017年8月18日金曜日

「勝たせられる選手」 2年 曽根晃太





「勝たせられる選手」
2年 曽根晃太


こんにちは。
今回部員ブログを担当させていただきます法学部2年の曽根晃太です。


明治大学体育会サッカー部に入って1年半が経ちます。
主にIリーグでプレーしてきました。2年になり、試合に出る回数も増えてきましたが、勝たせられているのかと考えた時ただ試合をしているだけではないかと思いました。
勝たせられる選手というのは、チームを声、プレーで引っ張ったり大事なところで体が張れる、大事なところでゴールを決めれる選手だと思います。
私にはまだまだその力がありません。だからこそもう一度考え直し自分の苦手なこと、人があまりしないことに率先して取り組みたいと思います。
そして、これからの明治大学体育会サッカー部の勝利に貢献出来る選手になりたいです。


まとまりのない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2017年8月12日土曜日

「サッカーが自分を変えた。」 4年 土居柊太

 
「サッカーが自分を変えた。」  
4年土居柊太
 
今回ブログを担当する政治経済学部4年の土居柊太です。よろしくお願いします。

今回は中学、高校時代を過ごした静岡県でのことを書いてみようと思います。

 私は中学に上がる際、地元を離れ静岡県へと環境の変化を求めて行きました。
毎日の辛い練習や、慣れない寮生活の影響で子どもだったと言うこともあり、何度もホームシックになりました。泣きながら親に電話したことを今でも鮮明に覚えています。
それがあったからこそ、早いタイミングで親の有り難みに気付けたと思います。
それでも、夢であった全国制覇を果たすため、自分の決めた道を貫こうと決心し、体を大きくするために、それまでの3倍程の量の食事を摂ることや、ハードな練習に取り組みました。
しかし、その夢は叶わず高校に持ち越しとなりました。 
 
 高校では、中学時代からガラッと変わり、上下関係や勉学、奉仕活動など、人間力の向上にも力を入れており、未熟な私は付いていくので精一杯でしたが、一年生からメンバーに関わり、先輩からサッカーの面だけでなく、私生活の面など様々なことを享受され、自惚れることなく練習前後には自主練をしてレベルアップを目指しました。
二年生からは、スタメンに定着し、うまくいっているという実感を持った矢先、元々病気を患っていた母が亡くなったという訃報が入りました。
亡くなる何ヶ月か前には余命を宣告されていました。その当時、母の余命を聞かされ、家に帰って残りの時間を過ごすことも考えました。
今まで、何ひとつ恩返しを出来てなかったからです。
けれども、母はサッカーをしている柊太の姿が好きだから。
そう言って静岡に送り出してくれました。その時を振り返ると、母が亡くなるまでいろいろな思いが入り混じった中で学校生活やサッカーをしていたと思います。
だからこそ、母が亡くなったとき何に対してもやる気が出ず無気力なまま生活をし、サッカーを辞めようと真剣に考えました。
しかし、その時に同じ寮生から「サッカーをしてないお前は、お前じゃない」と言われ、毎日書いていたサッカーノートを振り返ることで、私にはサッカーしかない、仲間たちと全国制覇を狙いたいと思いました。
しかし、意気揚々と臨んだ最後の大会はあっけなく一回戦負け。
サッカーと人生は何が起こるかわからないことを痛感しました。サッカー漬けの毎日が私自身を強くし、多くの経験をさせてくれました。
そして迎える明治大学での最後のリーグ戦、総理大臣杯、インカレ。仲間と共に栄冠を勝ち取り、支えてくれた人にもいい報告が出来たら幸いだと感じます。
 
私という人間を最大限発揮し、明治のために勝利を、天国にいる母のためにゴールを、身を粉にして捧げていきたいと思います。
 


今行なっている川上村合宿がターニングポイントとなり、強い明治をいろんな人たちに観てもらいたいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。
これからも明治大学体育会サッカー部の応援をよろしくお願いします。
 

2017年8月10日木曜日

「信頼感」 3年 長沢祐弥



「信頼感」 3年 長沢祐弥



こんにちは。
今回部員ブログを担当させていただきます政治経済学部三年の長沢祐弥です。

明治大学に入学し体育会サッカー部に入部してから3年が経ちました。僕は大学にきて改めてゴールキーパーというポジションの難しさを感じています。中学や高校のときは自分が出場するのが当たり前くらいな感覚でした。しかし、大学に入ってからは1年、2年、3年と公式戦に出場させてもらう機会はありましたが、チャンスを掴むことはできませんでした。それは技術的な問題ではなく、自分の人間性がまだまだだからだと思っています。ゴールキーパーというポジションはまさに、そういうところが必要なポジションだと大学にきて痛感しています。いくら技術があっても、味方から信頼されていないと試合に出場し続けることは出来ません。信頼されるには、結果を出し続けるしかないと思っています。その為に、日々のトレーニングや私生活の行動がどれほど大事なのかが大学にきて本当の意味でわかったような気がします。
明治大学体育会サッカー部に入部して、活動していくなかで、サッカーのこと以上に人として大事なことを学べています。そして、それらは必ずサッカーに繋がってきます。このようなことを大学にきて気づいているようでは遅いですが、これからも未熟なりに一生懸命やっていきたいと思います。
そして、味方から信頼され、安心してゴールマウスを任せられるようなゴールキーパーになりたいです。

まとまりのない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
9月には総理大臣杯があります。チーム一丸となり優勝目指して頑張るので応援よろしくお願いします。

2017年8月9日水曜日

「一燈を提げて暗夜を行く」 1年 時里元樹



「一燈を提げて暗夜を行く」1年 時里元樹

こんにちは。
今回部員ブログを担当させていただきます商学部一年の時里元樹です。

このような機会を頂いたので、プロフィールにも載っている私の好きな言葉について紹介させていただきます。

『一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うることなかれ。ただ一燈を頼め。』

これは江戸末期の儒学者、佐藤一斎の名言です。
この言葉を知ったのは中学2年生の頃。
学校で配布されるプリントに校長先生からのお話の欄に書いてあったのを読んだ時のこと。そこにはこの言葉、そしてその意味が書いてありました。

たった1つの燈を提げて暗夜を行く。
暗夜、つまり困難や壁、それにぶつかった時に頼れるのはそのたった1つの燈、つまり自分がやってきたことであったり今まで積み重ねてきた自分しかいないという意味の言葉でとても感銘を受けたのを覚えています。

この言葉から私はどんな困難や壁も今まで自分がやってきたことを信じれるかどうかにかかっているのだと学び、何度も壁を乗り越えてきました。

今、私は新たな環境で多くのの困難や壁に直面しています。しかし、これは伸びしろであり、私にとって成長の糧であることに間違いはありません。
これからも自分を磨き、自分を信じ、たくさん壁にぶつかり、乗り越え、成長したいと思います。

まとまりのない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2017年8月6日日曜日

「2年目」 2年 渡邉さくら


「2年目」 
2年 渡邉さくら




部員ブログを担当させていただきます、経営学部2年マネージャーの渡邉さくらです。


明治大学体育会サッカー部に入部してから早くも1年が経ちました。
1年生の時の1年間は経験したことのないことばかりでただただ圧倒されるばかり。
全国優勝やリーグ優勝、、、など今まで平凡な暮らしをしてきた私にとって体育会サッカー部に所属しなければ感じることができなかったであろう多くのことを感じることができました。

仕事面に関しては先輩のマネをして動いて、、、など必要最低限のことをするので精一杯でした。
マネージャーはどうあるべきなのかを先輩方が身をもって教えてくださいました。


こうしてあっという間に1年が過ぎ、2年生になりました。
リーグ戦のベンチに入らせてもらえる回数が増えました。
試合のベンチに入らせてもらう度に思うことがあります。
試合に出れない人のためにも精一杯戦う選手、試合に出る選手を鼓舞するサブやバックアップメンバー、スタンドから必死に声を出す部員、選手のために動き回ったり声を掛けているスタッフの方々。
こうした姿を見る度に鳥肌が立ちます。
私も選手のために何が出来るのか、少しでも力になりたいという思いでいっぱいになります。
まだまだしてあげられていないことの方が多いし、しっかりしなければと思うことばかりですが、少しでも部に貢献できるマネージャーになれるように成長していきたいです。


まとまりのない文章になってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後も明治大学体育会サッカー部をよろしくお願い致します。




「私たちにできること」 2年 佐藤帆奈美


「私たちにできること」
2年 佐藤帆奈美



こんにちは!今回部員ブログを担当させていただきます、2年マネージャーの佐藤です。

私がこの明治大学体育会サッカー部に入部して早1年と半年が経とうとしています。私がその1年半の活動を通して感じたことを、簡単ではありますが書かせていただきます。


この前期、結果が出ずにチームが悔しい思いをした時期がありました。
そういった時期、チームが少しでも良い方向にす進んでゆくために私にできること、私たちマネージャーにできることは一体何なのだろうと
何度も自問したことがありました。

マネージャーには直接試合の結果に関わるような仕事はできません。
監督やコーチのように指導することはできませんし、トレーナーのように直接選手のケアに携わることもできません。
当たり前ですが選手として試合に出て点を決めたりゴールを守ったりしてチームを勝たせることだってできません。
それが故に、私はチームに対してなにか貢献できているのだろうかと もどかしい思いでいっぱいの時期もありました。


ですがやはり、私たちマネージャーに課せられたことは
給水の準備等マストの仕事を確実にこなし
+αで選手からの要求に臨機応変に応じること。
そして部のことを第一に考え、行動すること。
スタンドで応援するときは選手に自分の声を届けること。
ごく当たり前のことですが、それに尽きるのではないかと思います。
直接勝ち点に繋がらずとも、私たちはできる限りのことをし続けますし
『当たり前を確実に』これが私たちマネージャーがチームに対してできる最大限のことだと思います。


まだまだ私は、自分の理想としているマネージャー像には程遠く、日々の活動の中で反省することや勉強することが山ほどあります。
それなのにこんな大それたことを書くのもどうなのだろうと思ったのですが
これからの自分のためにも書かせていただきました。

現状に満足することなく、選手やスタッフと同様、常に高みを目指しこれからも努力して参ります。

なんだかまとまりのない文章になってしまいましたが、最後までご拝読いただきありがとうございました。今後とも明治大学体育会サッカー部への応援の程、よろしくお願い申し上げます!

2017年8月2日水曜日

「本気」3年 富田光






「本気」 
3年 富田光


こんにちは。
今回部員ブログを担当させていただきます文学部三年の富田 光です。


                                「本気」
よく人はこの言葉を使う。
では本気とは何か?調べて見ると真面目な気持ち、真剣な気持ち、又本気と書いてマジと読むなどが出てくる。

ではそれを明治大学体育会サッカー部に置き換えてみよう。
この部には確かに、学年問わず本気で意見をぶつけ合い、お互い成長していける環境がある。
又、試合に出ている選手だけでなくサブ、バックアップ、応援といった
立場の違う人間がそれぞれの場所で本気で準備をし、サポートし、
全力で応援している環境がある。
ただこの本気という言葉には欠点があると思う。
本気というのは人それぞれ表現の仕方が異なり、
本気は感情が大きく左右する為、数値で表すことができない。
例えばサッカーでいうと声を出し続けること、体をはって守ること、
貪欲にゴールを狙い続けることなど人それぞれ本気の表し方はある。

又、部員誰か1人でも本気ではない人間がいると組織として強くなってはいかない。
ではそのような人間をどうやって本気に近づかせるのか?
私が考えた答えは、本気とは自分のことを精一杯やるだけでなく他人をも巻きこむことである。
それこそが真の本気であると考える。
この意識を全員もてば本当の意味で強い組織と言えるのではないだろうか。
自分のことは当たり前としプラスにチームの為、
仲間の為に何ができるかが問われると思う。
誰もが本気であり、誰もが一生懸命ではあるがそこから他人をもう一段階本気にさせれるような人間になりたいと思う。

まとまりのない文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。
今後とも明治大学体育会サッカー部の応援をよろしくお願いします。